“クラッシュゲート事件”
「F1ではいったい、何が起こっているのだろうか?」久しぶりにF1を観ているファンは、そう感じたに違いない。
約1年前の2008年9月28日日曜日、“あの歴史的事件”はシンガポールで起こっていた。
当時ルノーF1チームのマネジングディレクターを務めていたフラビオ・ブリアトーレ氏と、エンジニアリング部門エグゼクティブディレクターのパット・シモンズ、そしてドライバーのネルソン・ピケJr. が、シンガポールGP前のミーティングで“ある戦略”についてミーティングをしていたとのこと。
そのミーティングは、“シンガポールGPの14周目のある場所でネルソン・ピケJr.は故意にクラッシュする”という内容だったようだ。それは、チームメートのフェルナンド・アロンソを優勝させるための“行きすぎた戦略”であり、低迷していたチームがとってしまった苦肉の策だったのだ。結果としてこの“戦略”は見事にあたり、フェルナンド・アロンソはF1初開催のナイトレースで優勝した。
この事件は、2009年7月30日のハンガリーGP直後に解雇されたネルソン・ピケJr.が告発したことにより発覚した。
フラビオ・ブリアトーレとは?
このフラビオ・ブリアトーレ氏は、20年以上もF1に関わっており、かなりのやり手だ。最も有名なところでは、F1にデビューしたばかりのミハエル・シューマッハを引き抜き、デビュー直後の2戦目には自身がマネジメントするベネトンチーム(現ルノー)で走らせ、ドライバーとチームをチャンピオンにまで育てている。さらに、チーム首脳陣としての顔以外にも、ドライバーマネジメント会社も持っており、そこには現在もフェルナンド・アロンソ(ルノー)、マーク・ウェバー(レッドブル)、ヘイキ・コバライネン(マクラーレン)、告発したネルソン・ピケJr.など複数のドライバーが所属している。たった20人しかいないF1ドライバーの世界でこれだけのドライバーを抱え、各チームへ送り込んでいるその手腕には、有名芸能事務所もびっくりするだろう。さらに何人ものスーパーモデルと付き合っていた色男だ。
パット・シモンズとは?
パット・シモンズは1980年代からこのチームに関わっており、F1界では有名な戦略家のひとりだった。この2008年のシンガポールGPでも、レースではルノーチームが優勝したという事実だけみれば見事な戦略だった。しかし、このたったひとつの戦略は、彼の人生を大きく変えてしまう致命的な戦略ミスとなってしまった。
判決は永久追放、参戦資格剥奪
“クラッシュゲート事件“から約1年後の2009年9月21日(月)、世界モータースポーツ評議会の公聴会で、ルノーは2年間の執行猶予付きの参戦資格剥奪という有罪判決を言い渡された。フラビオ・ブリアトーレ(元マネジングディレクター)には、FIA(国際自動車連盟)が認可するあらゆるシリーズ(F1を含む)への参加、そこに姿を見せることすらも無期限で禁止された。F1を含むモータースポーツ界からの永久追放だ。パット・シモンズは、ブリアトーレ同様の判決だが、処分期間は5年間と限定されている。
さらにFIAは、ブリアトーレに対して厳しい判決を出した。「ブリアトーレ氏と関連のあるドライバーについては、スーパーライセンス(F1ドライバーに発給されるライセンス)を更新しない」として、ブリアトーレの会社と関係者もその対象に含まれるとしたため、自身のドライバーマネジメント会社の業務を停止しなければならない。これまで積み上げてきた過去の実績をすべて取り上げられてしまった。
FIAは、ブリアトーレのみに厳しい処分を言い渡した理由について「重大な違反」があっただけではなく、「あらゆる証拠があるにもかかわらず、違反への関与を否定し続けたため」としている。
運命の分かれ道は「謝罪」
ルノーF1チームのベルナール・レイ社長は「心から謝罪したい」と述べており、パット・シモンズも「永遠に後悔し、恥じる」との声明を発表していることで、軽減されたようだ。しかしフラビオ・ブリアトーレはこの判決を不服とし提訴しようとしていた。それをF1界のボスでもありロンドンのサッカークラブ、クイーンズ・パーク・レンジャーズをブリアトーレと共同オーナーとなっている有名な大富豪バーニー・エクレストンは、“告白も謝罪もしなかったことがブリアトーレ自身を不利な状況に追い込んだ”と批判している。
F1で3度のチャンピオンを獲得しているネルソン・ピケの息子ネルソン・ピケJr.が解雇されたことにより発覚し、F1史上前例のない悪質な八百長戦略により、世界中のメディアが一斉に報じた今回のクラッシュゲート事件。
判決後、ルノーF1チームのスポンサー2社が即契約解除を発表。またチームのエースドライバーであるフェルナンド・アロンソはフェラーリに移籍することが発表された。アロンソの移籍については本件とは直接的な関連はないだろうが、ルノーチーム離脱の決断に影響したのは間違いないだろう。ルノーF1チームはチームの身売りも報じられており、昨年12月に撤退を発表したホンダ、今年夏に今季限りでの撤退を発表したBMW、そしてまたひとつ、巨大な自動車メーカーがF1から去るかもしれない。
時代は変わる。F1も変わる
しかし、新陳代謝は良い方向に転がることもある。昨年までホンダF1チームだった現ブラウンGPは、チーム、ドライバー共にチャンピオン獲得まで秒読み段階。今年のブラウンGPの活躍は、1戦目で優勝したジェンソン・バトンの言葉を借りれば「おとぎ話」のような歴史的快挙だ。
そして、これまで中断に埋もれていたレッドブルもチャンピオン争いをしている。
今回のクラッシュゲート事件は、あまりにも金と権力とビジネスにまみれすぎてしまったF1を、本来の純粋なスポーツに返るためのよいきっかけになることだろう。